――「書は人なり」「字は体を表す」という言葉が示すように、文字は書いたその人の人柄や心の状態が現れるもの。中には自分の字に自信がない人もいるでしょうが、書き方の心がけ次第で、人生を開運へと導くためのヒントが得られるのです。 今回は、あの『令和』の文字を書いた書家・茂住菁邨先生に、どんな人でも簡単に意識できる「心が豊かになる文字の書き方」をお聞きしました!
こんにちは、茂住菁邨です。
新元号の「令和」の書は図らずも皆様の知るところとなりましたが、書を生業とする者として、これまで数えきれないほどの文字を記してきました。その中でひとつ確信したのは、「文字には人を変える力がある」ということです。
人が心を込めて描いた文字には、相手の気持ちを動かすほどの強いパワーがあります。ただ、そのパワーを引き出すには、ちょっとした気持ちの切り替えと心がけが必要になるのも事実です。
文字を書くことで心の豊かさを得、人生をより良い方向へと導く……そのヒントを、これから少しずつお伝えしていくことができればと考えております。
文字は「心を込めて丁寧に」が鉄則
ひらがな、カタカナ、アルファベットなどさまざまな文字を組み合わせてつくられている日本語は、世界的にみても特殊な言語です。謙譲語や尊敬語などの硬い言い回しから、今どきのくだけた言葉まで多種多様な表現ができるため、「手書き文化」も大きく発展してきましたね。
パソコンが普及しメールが一般的になった現在でも、手書きで文章を書くことはやはり必要だと、私は思います。なぜなら手書き文字は、相手に自分の思いを伝えるために最も有効な手段だからです。
上手に書く必要は全くありません。読んでほしい相手を頭に思い描きながら、心を込めて丁寧に書くことが大切です。また、筆でなければダメというのもありません。鉛筆でもボールペンでも同じことです。
自分の気持ちをどう文字にするか、またその意味を考えながら書くと、わかりやすく手から文字へとエネルギー(気)が伝わっていきます。そうして出来上がったものには「命」が吹き込まれ、思いを届ける力が宿るのです。
そのことを意識していない人は、総じて雑な字を書きます。当然、その雑な気持ちが相手にも伝わってしまいますから、それなりの対応しか返ってこないのは当然でしょう。
これは年賀状や手紙などの改まったものだけでなく、ちょっとした伝言を付箋やメモに書く時など、日常生活でも役立ちます。乱雑に書かれるよりも丁寧に書いたメモの方が、明らかに相手の読む意欲が増しますよね。文字も読みやすくなりますから内容もストレートに伝わりますし、まさに一石二鳥といえるのです。
「自分の名前」は特に丁寧に
さらに意識してほしいのは、「自分の名前」です。人に宛てた文章を書く時は、最後に自分の名前を入れることが多いでしょう。名前は、その人個人を表す大切なもの。名前を雑に書けば、相手に「雑な人」という印象を与えてしまいかねません。丁寧に自分を見てもらうためには、やはり名前を丁寧に書く必要があるのです。
雑に名前を書いていた人が丁寧に書くようになると、文字を書くときのリズムが変わります。それだけでも字は変わり、相手からの印象も変わるのです。自分の名前を大事にすることで相手の評価が上がると同時に、それに相応しい自分になろうと、おのずと普段の所作や判断も丁寧になっていくでしょう。
また、最近はパソコンを使う場合も多いと思いますが、そんな時は最後の名前だけを手書きにすることをお勧めします。味気ないパソコンの文字も、最後に手書きの名前を入れるだけでその文章が自分のものとなり、より気持ちがこもるでしょう。
大事なのは「愛」=「やさしさ」
「言霊」(ことだま)という考えがあるように、言葉にはエネルギーがあります。それは口に出しても、字に書いても同じです。
残念ながら、悪い言葉は良い言葉よりインパクトがあり、人々の心に残りやすいもの。エネルギーが悪い方向へと増殖していきやすいため、私はできるだけ避けるべきであると考えています。
私は、日本人は「愛」という気持ちを伝えることが上手ではないと思っていますが、一度「愛」を「やさしさ」に置き換えて考えてみてください。相手を思いやる気持ちを持って過ごしていれば、それは文字にも自然と表れてきます。逆に、相手のことを考えながら心を込めて文字を書けば、その思いやりは「やさしさ」となり、相手に伝わっていくのです。
字を丁寧に書いて相手に「やさしさ」を伝えていく……そうすることで相手の心も自分の心も豊かになり、ひいては人生にも良い影響が現れてくるはずですよ。
【寄稿者プロフィール】
茂住菁邨(もずみ・せいそん)
1956年、岐阜県生まれ。本名は茂住修身(おさみ)。
書家。日展会友、読売書法会理事 、謙慎書道会常任理事
大東文化大学在学中より書家・青山杉雨に師事。卒業後は総理府(現:内閣府)に入府し、2005年に内閣府大臣官房人事課辞令専門官となる。これまでに国民栄誉賞や内閣総理大臣表彰、および大臣等の認証官辞令書などの揮毫に携わった。
2019年4月1日の新元号発表の会見では、当時の内閣官房長官である菅義偉が掲げた「令和」の揮毫も担当。茂住菁邨の書や活動が大きく世に知れ渡るきっかけとなった。
2021年3月に定年退職し、同職として再任用。退職に併せて、これまでの書活動の足跡を見せる展覧会【言霊の響−茂住菁邨書展】を、パリ展、銀座展、高山市展、飛騨市展等で開催。現在も書道の可能性を追求し続けている。